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学修支援・教育開発センター長挨拶

ある私立大学の教職員対象FD研修会で講師の方が出した問題です。

問1:あなたの大学の「建学の精神」を述べて下さい。
問2:あなたの大学の「創立者」の名前を述べて下さい。

もし、本学で2問とも答えることができた方がごく少数だったとしたら(そうでないことを願いますが)、本学は私立大学としては末期的、いや終わっているのかもしれません。教職員が私立大学としての「龍谷大学」である最重要で最低限の常識がわかっていないのに学生に伝わっているはずがありません。
問1の解答のヒントは、「平等」「自立」「内省」「感謝」「平和」の5項目や「進取」「共生(ともいき)」は「建学の精神」ではないということです。これらは「建学の精神」を普及させるための手段です。

問2について答えられなかったとしたら「福沢諭吉や大隈重信は知っているのに何で?」と呆れてしまいます。「創立370余年の伝統」とは何なのでしょう。
何も原理主義的なことを言っているのではありません。「あたりまえのことを、あたりまえに」と言っているだけです。
1991年の大学設置基準の大綱化以降、1999年にFDが努力義務化され、2007年には大学院、2008年には学部(学士課程)でFDが義務化されました。この間、FDの意味するところも広義にわたり、中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」には「広くは教育の改善、更には研究活動、社会貢献、管理運営に関わる教授団の職能開発の活動全般」という説明もなされています。このFDの義務化に対して大学は、「黒船」や「外圧」などと批判しつつ、マニュアル探しに奔走し無駄な時間を費やしました。手段を目的化してしまったのです。

一見、外部からの要請のみに感じられるFDは、大学による自律的で組織的な営みであり、それ以上でも以下でもありません。そしてそれは主として教育改善のための手段なのです。教育改善は大学にとって「あたりまえ」の使命であり、不断の活動です。同じくそのために必要な組織的な教育の実質化に関する検証・評価活動も不断です。
こう考えると、特に、一般化できない「建学の精神」を有し、その具現化を目的として教育研究活動を行っている私立大学においては、その大学独自のFDしかありえないわけです。FDにマニュアルはないのです。

「世運の流れ遷るとも正法萬古変わりなし 公孫樹の蔭に法幢を真心こめて守りゆく」

確かに社会の変化や要請に対応していくことも大学の使命です。しかし、重要なのは「龍谷大学として」守りゆくべきものがその起点となっているのか、ということです。

ともあれ、FDに終わりはないのですから、龍谷大学として「あたりまえのことを、あたりまえに」できるよう、無理なく日常化させていかなければなりません。そのためには試行錯誤を重ねる必要があります。試行錯誤するためには、あらゆる垣根を取り払い、コミュニケーションをとりながら情報を共有することが不可欠です。
学修支援・教育開発センターでは、そのための場をつくり、教育改善に関するさまざまな支援を行っていきます。決してセンターがFDを行うのではありません。

センター長

長谷川 岳史 学修支援・教育開発センター長